稚鮎(ちあゆ)を知る
五月の味覚 「稚鮎」 — 初夏を告げる清流の恵み
春から初夏にかけて、和食の世界では特別な存在感を放つ魚、それが「稚鮎(ちあゆ)」です。成魚になりきらない若々しい姿、繊細な香り、淡い苦味。古来より日本人に愛されてきたこの小さな魚には、深い文化と物語が宿っています。
稚鮎(ちあゆ)とは
稚鮎とは、成長途中にある鮎を指し、一般的には体長10〜15センチほどの若魚を言います。鮎は「香魚(こうぎょ)」の別名を持ち、その名の通り、稚鮎もまた、スイカやキュウリを思わせる爽やかな香りをたたえています。
稚鮎の特徴は、成魚に比べ骨が柔らかく、丸ごと食べられることにあります。身は繊細でほのかな甘みを湛え、内臓にはほろ苦さがあり、この甘味と苦味の絶妙なバランスが、稚鮎ならではの美味しさを生み出しています。
鮎の生態
鮎は一生を川で過ごす魚ではありません。孵化後に一度海へ下り、成長してから川へ戻ってくる「半遡河魚(はんそこうぎょ)」の一種です。ただし、近年では川にとどまって成長する「陸封型」の鮎も増えており、環境の変化や養殖技術の発達により、多様な生育環境が見られるようになっています。
稚鮎の産地と旬
稚鮎の産地として特に名高いのは、滋賀県の琵琶湖です。琵琶湖の豊かな水質と、徹底された環境管理のもと、稚鮎は大切に育てられています。旬はまさに春から初夏にかけて。この季節、清らかな流れに育まれた稚鮎は、最も身が柔らかく、香りも引き立つ時期を迎えます。
余談ですが、昨年琵琶湖の湖水浴場に子どもたちを連れ遊びに行きました。
少しゴツゴツした湖岸なので遊ぶときには注意が必要でしたが水質も良く、海水と違い水が乾いても肌がベタつきません。キャンプ場も併設されているので、お子様やペット、家族連れで楽しめるスポットです。
稚鮎の歴史 — 雅を楽しむ平安の貴族たち
鮎を食す文化は、奈良時代にはすでに存在していました。『万葉集』にも鮎の記述があり、日本人がいかに古くから鮎に親しんできたかがわかります。とりわけ平安時代には、稚鮎は「初夏の便り」として珍重され、貴族たちの食卓を飾りました。その若々しい命の儚さ、清らかな香りは、雅を尊ぶ当時の文化に見事に合致したのでしょう。
江戸時代に入ると、稚鮎は一般庶民にも親しまれるようになり、俳句や浮世絵にもたびたび登場します。俳句では「若鮎」と詠まれ、若さや命の輝きを象徴する存在として描かれました。
稚鮎と蓼の葉 — 苦味と香りを引き立てる名脇役
稚鮎料理に欠かせない存在として知られるのが「蓼(たで)」の葉です。「蓼食う虫も好き好き」ということわざにも登場するほど、日本の食文化に深く根ざしています。苦味を連想させる諺ですが、実際にはピリリと辛く、ハーブのような清涼感があります。
とくに鮎料理では、蓼の葉をすり潰して作る「蓼酢」や「蓼味噌」が定番です。鮎の内臓のほろ苦さと、蓼の辛味が絶妙に調和し、鮎本来の風味をさらに引き立ててくれます。この組み合わせは、単なる味付けを超え、鮎を食す文化の中で生まれた日本人の美意識を体現していると言えるでしょう。
当店でも、今月の献立に「稚鮎の蓼味噌春巻き」を取り入れています。稚鮎を丸ごと春巻きに包み、揚げたてを蓼味噌とともに提供することで、香り、苦味、食感の妙をお楽しみいただけます。春巻きのパリッとした食感の中に閉じ込められた稚鮎の滋味と、ほのかな蓼の辛味が織り成す一体感を、ぜひご堪能ください。
稚鮎の食べ方 — 香りと苦味を楽しむ
稚鮎の代表的な食べ方といえば、やはり「塩焼き」です。薄く塩をあて、じっくりと焼き上げることで、身の甘み、内臓の苦味、皮の香ばしさを一体に味わうことができます。
また、天ぷらも人気の高い調理法です。軽やかな衣の中に閉じ込められた香りと旨みを丸ごと楽しむことができ、特に揚げたては格別です。
他にも、甘辛く煮込んだ「南蛮漬け」や「甘露煮」など、稚鮎は多彩な料理に活用されてきました。甘露煮にすれば、骨まで柔らかくなり、保存食や贈答品としても重宝されます。
稚鮎は「初夏の贈り物」
かつて、稚鮎は季節の挨拶や特別な贈答品として重宝されました。新緑の季節、清らかな水を思わせる稚鮎を箱詰めにして贈ることは、日本人ならではの繊細な季節感を伝える手段だったのです。今でも高級料亭や老舗の和菓子店などでは、稚鮎をモチーフにした贈り物が人気を集めています。
稚鮎を知る|まとめ
稚鮎は単なる初夏の味覚にとどまらず、日本人の繊細な感性や自然への敬意、文化的な美意識を象徴する存在です。当店でも、この初夏の恵みを一尾一尾心を込めてご提供しております。目にも口にも涼やかなこの季節の味わいを、ぜひご堪能ください。
この読み物を書いた人

松岡 雄太
1985年生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。3児の父。15歳の時に地元の鮨屋でアルバイトを始めたことから和食に惹かれ、日本料理の世界へ入り鮨・割烹・懐石の修行を積む。リッツカールトンシンガポールの老舗「白石」などを経て、令和元年に魚菜 基の店主となる。コロナ自粛期間中にソムリエ資格を取得したほどのワイン好き。
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